コロナウイルスが僕たちに必要な理由。健康と病気の境を無くせ!

木の中

(この記事の目次)(クリックすると移動できます)

はじめに。
菌は親切でやってくる。
変化には痛みが伴う。
善玉菌や悪玉菌なんてない。
気候変動で変わる僕たちの生活環境。
健康と病気の境を無くせ!
最後に。

はじめに。

新型コロナウイルスの蔓延で、お亡くなりになった方や関係者の皆様に、心よりお悔やみ申し上げます。

この記事を書こうかどうか、ずいぶん悩みました。
それこそ新型コロナウイルスが出てくる何年も前から悩んでいました。

ここに書かれていることは、それを知ってる人であれば「なんだそのことか」と思えるような内容です。

でも、それを知らない人からすれば、それは理不尽で乱暴な内容に思えるでしょう。

だけど、新型コロナウイルスが蔓延し、皆さんの「免疫を上げる」という考え方を多く耳にする中で

「菌の存在そのものに対する考え方」が、本当のところと少し違っているのではないかと思い、僕の考えを書いておくことにしました。

もちろんここに書かれていることは、ただの僕の勘違いかもしれません。

だけどこれまで4年間、日本中をエアコンのないキャンピングカーで旅をし、気候と真っ向から向き合い、自分の体ではっきりと分かったことがありました。

僕は医者でもなく、免疫学者でもありませんが、誰もできないような生き方をしてきたからこそ、分かったことがあります。

社会情勢と関係なく、僕たちが地球に住む生き物として菌との関係を見つめ直す記事です。

※ この記事では、細菌、ウイルスなど、人の体に関わる微生物などを総称して「菌」と表しています。

菌は親切でやってくる。

苔
なぜ病気がやってくるの?

僕たちは健康でいたいと思っています。
だけど、たくさんの菌がやってきて体を蝕む。

なぜ彼らはやってくるのでしょうか?

彼らがやってくる度に体は病気になり、たくさんの痛みで苦しむことになります。

地球を蝕む僕たち人間を淘汰しようのしてくるのかも、と思ったこともあります。

実は、様々な自然のシステム、森林の成り立ち、生き物の相互作用などを学んでいくと、こんな結論が浮かび上がってきました。

菌は親切心から僕たちの体にやってくる。

もし僕たちの「体と、周りの環境に差異がある場合(環境に適応していない場合)」その体を変化させる為に、菌たちがやって来ます。

菌たちからすれば

「おいおいあそこを歩いてるあいつ、あんな弱い体で歩いてたら危険だぞ」

「よし俺たちが何とかしてやろう」

そう、菌たちはおせっかいにも、僕たちの体を変化させようと入ってくるのです。

そして、僕たちの体は「病気」という状態になる。

変化には痛みが伴う。

痛み
体が変化する時には、痛みがあります。
痛みのないところに、変化はありません。

僕たちが昔、成長期に足が伸びる度に痛みがあったように、体に大きな変化があればあるほど、大きな痛みを伴います。

菌たちが体に入ったあと、高熱、節々の痛み、だるさ、様々な痛みがやってくるのは、僕たちの体を変化させているからです。

周りの環境に適応した体になるように、菌たちが僕たちの体を作り変えてくれています。

そしてここが一番の問題なのですが…

「痛みを抑えると、変化が少ない」

ということです。
もし僕たちが薬を使って、少しでも痛みから逃れようとするなら、体も変化を止めるので、結局菌が入ってきたのに、何も変わらずに終わります。

すると、同じように菌がやってきて、また僕らの体を変えようとするのです。

もし僕たちが、日常的にやってくる(風邪のウイルスなど)小さな痛みを伴う菌たちを受け入れ、小さな変化を繰り返していけば、体はどんどん環境に適応していくのですが…

もしそのアプローチを無視して、体がいつまでも変わらないままだったら、もっと大きな変化(大きな痛み)を迫る菌がやってきます。

所謂、大病です。

この時の痛みは、耐え難いものになり、命を脅かすものにもなり得ます。

善玉菌や悪玉菌なんてない。

よく善玉菌と悪玉菌なんて言い方をしますよね。

体に良い影響を与える菌を「善玉菌(常在菌)」、悪い影響を与える菌を「悪玉菌」と言うのでしょうか。

だけど、この記事の定義で書くなら、善玉菌や悪玉菌なんて区別なく、どちらも必要だと言えます。

しいて書くなら

「善玉菌(常在菌)」→保守派。このままでいたい。変化を好まない。

「悪玉菌」→改革派。環境の変化によって外からやってきて、必要な形に変えていく。

ということなのかもしれません。

この二つの勢力が戦うことで、僕たちの体はゆっくりと変化していきます。

気候変動で変わる僕たちの生活環境。

立ち枯れたトウヒ
僕は少し前にアラスカの森を旅して来ました。

そこでは、たくさんの木が枯れていました。

アラスカ日記、下見編⑥「アラスカの植物達。トウヒの生命」

現地の方に聞くと、こんな現象は初めてで、数年前から急に木々が枯れだしたそうです。

気候が変わったので、木が生きる環境も変わり、これまでと同じでは生き残れない木たちが出てきたのです。

これは、木達だけの話でしょうか?
いやこれは、人間を含めた生き物全体の話なんです。

アラスカの木が枯れるのに、僕たちの体に変化が無い訳がないですよね。

実は地球はかなり親切。

結論を書くと、新型コロナウイルスは気候変動によって、環境が変わった為に、そこに住む生き物達の体を変化させる為にやってきたんだと思います。

だから僕は、自分の体に新型コロナウイルスなどの、様々な菌達を受け入れる必要があると思っています。

この新型コロナウイルスから逃れたところで、気候変動で第二第三の新型が現れるからです。

環境がどんどん変わっていくなら、その環境に対応した菌が、どんどん僕たちの体に入ってくる。

そして実は地球はかなり親切に、これらのシステムを設定してくれています。

常に気候は変化し続け、常に僕たちは生き物として変化を迫られている訳ですが

どれだけ環境が変化して
僕たちの体に急激な変化が必要だとしても

だいたい地球は最初は、痛みの少ない、変化の少ない作用の菌から少しずつ送り込んで来ます。
こうすることで、僕たちの体がなるべく負担のないようにしてくれているんです。

「このくらいなら君は我慢できるかなー」
「このくらいでぎりぎりがんばってみて」

そうして少しずつ、体を強くしてくれているんです。

それを無視して、ちょっとした風邪でも薬で抑えてしまったり、まったく菌の介在しない生活をしてしまったりすると、地球が後からすごい菌を送り込まなくてはならなくなります。

地球からしたら

「あんなにたくさん、優しいのを送っておいたのに…」

という感じでしょうか。

健康と病気の境を無くせ!

木の中
これらのことが分かると、そもそも病気は治すようなものじゃないことが分かって来ます。

健康でいたい。
変化しないでいたい。

と思ってしまう僕たちは、ちょっと病気になると「これは正しい状態ではない」と思ってしまいます。
「健康」という一般的な数値を作ってしまったからです。

だけど僕は「病気は体の変化の途中」と考えています。

病気があり、痛みがあり、変化があり、それらの後に、必要な体に生まれ変わるのです。

病院に行くと、健康でないところを見つけて、治そうとしてしまいますが、薬で強引に治せば変化が途中で終わってしまう。

レントゲンで体を撮影した時の病気の影が、実は変化する途中をただ写しただけ、だったら?

体が必要な変化を遂げようとしていることを、病気と呼んでいたのだとしたら?

おそらくお医者さんも、このことは分かっているはずです。

病院の役割って

「変化を緩やかにして我慢できるようにしてくれている」

ということだと思うんです。

病気そのものが無くなれば良いとか
環境に関係なく変化しない方がいいとか

そんな風には思っていないはず。

だから僕たちがやることは

・できるだけ自然の変化を感じやすい場所に住む。
・菌が入ってきたら変化の時だと受け入れる。
・どんな変化を遂げようとしているのかを観察する。
・我慢できる痛みなのか、我慢できない痛みなのかを知ること。
・ちょっとしたことで病院に行ったり薬を飲んだりしない。

ということだと思うんです。

これからもっとたくさんの環境変化と、たくさんの菌達がやってきます。

僕は「全ての菌は友達」と思っています。
全ての菌に、まずは僕の体に入ってきてほしいと思っています。

そんな生活をしていても、もしいつか僕の命を脅かすような菌が入ってきたとしたら、それこそ生き物としての生の全うではないかと思っています。

最後に。

この記事は、今現在激しい痛みと戦っている人達や、新型コロナウイルスで亡くなってしまった人達には、とても理不尽な思いをさせるものです。

この記事を公開して、そのような思いをされた人がいたら、心からお詫びします。

「菌を受け入れる」と書きましたが、何も無理をして病気になれ、ということではないんです。

日々の中で、体と菌と対話しながら、薬を飲むのか、痛みを受けてみるのか、いろんな選択肢を持ってほしいのです。

これからの時代には、菌とのこうした付き合い方をせずにいたら、僕たちの体はどんどん辛い思いをすると思うのです。

免疫不全で生まれる子ども達も増えていると聞きます。

まさに今、地球環境と僕らの体に、決定的な溝ができるかどうかの瀬戸際だと思っています。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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