ささやかなこと、でも確実に良くなる。

気候危機の前に「もう何をしても無駄だ」と思っている人がいたら読んでほしい。

「ちまちました努力をしても無駄だ」と思ってる人がいたら読んでほしい。

気候変動の未来はもう変えられないけど

未来の子ども達が過ごす環境を、少しでも「マシ」にすることは、はっきりと「できる」。 

目の前のゴミを一つ拾えば、ゴミ一つ分、必ず未来は良くなる、みたいに

自然に生えてきた草木を一本でも多く残すこと。

自然に生えてきた草木は、地球が自分を治すために生やしていて

自然の草木を一本残せば「草木一本分」必ず未来の気候を良くする。

自然の草木のあり方は、それを証明していて

一枚の葉っぱは、ささやかだけど、そこにそれがあることで、光合成が起こり、世界の酸素や水蒸気を「葉っぱ一枚分」作り出している。

一輪の花がそこに咲くことで、虫達が花粉を運び「一輪の花分」自然を循環させている。

僕たちが毎日行ってるちまちましたことは、ほんのささやかでも

その分「確実に」気候を正常に進める。その積み重ねが、確実に未来の気候を良くする。

どれだけやらなきゃ無駄だ、ではなく

やった分だけ確実に「良くなる」のです。

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とあるご年配の人と話をした。
僕が草を農地に生やしているのが、気候変動対策だと知って、こう言った。

「お前のやってることは、ほんのささやかなことに過ぎない。そんなちょっとのことなら、やっても無駄だ」「草を生やしてみっともないことをするな」と。

年月を生きているご年配でも分かっていない。

そんな「ちょっとのことの積み重ね」で、これまでこの世界が作られてきたことに。

何が正しいか分からない世界の中で、これだけは確実に、自然が向かおうとする先を助け、地球を良くする。

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だから僕は

「自然に生えてきた草木には、なるべく手をつけない」

「野草を食べる時は、ほんの少しだけいただく」

自然の治癒を妨げるように木を植えたりも、せっかく生えてきた草を刈ったりもしない。

自然のままに草木が生えてくる環境を、どれだけ長く、どれだけ広く残せるか。

それが、未来の子ども達の環境を少しでも良くできるかの勝負になるからです。

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★詳しくはこちらに記載しています↓

なぜ熊を殺してはいけないのか?なぜ木を伐ってはいけないのか?人間は自然の中でどう振る舞うべきか?