人間は偉くなくていい。自然が素晴らしいことを伝えたい。

アラスカの動物写真家、故星野道夫さんを尊敬しています。

彼の本を読んだことのある人は分かるかもしれない。
なぜか心の根本を刺激されて、ほんの少しの文を読むだけでも、涙が溢れてくることがある。

時には1ページ読むだけで、胸がいっぱいになって、なかなか読み進めないこともある。

実は僕は、星野道夫さんに影響されて、自然をテーマにしたミュージシャンになりました。

僕の作品も、彼の本から滲み出るようなものを、表現したいと思っています。

そして、彼はどうしてこんな言葉を紡ぐことができるんだろう?とずっと考えてきました。

ある日分かったことがあるんです。

星野道夫さんは、文才もあるし、人柄も素晴らしい。

直木賞を取ったような作家さんの本と読み比べてみたことがあるけど、なぜか一番僕の心に響いたのは星野道夫さんの本だった。

だけど、多くの作家さんと比べてすごい技術がある訳でもないし、人柄だって、日常を知らない僕からすれば、本当はどんな人間だったか、わからない。

昨今、SNSでの自己表現の台頭もあって、人よりも特別な人にならなきゃ、と思う風潮があるけど

星野道夫さんについて言えることは、彼は、多くの人に影響を与えてるけど、特別な人ではないんだということ。

そう、彼が書いてるのは、ただ目の前の「アラスカが素晴らしいんだ」ということ。

アラスカの自然と、そこで暮らす人々の様子を伝えている。

僕は星野道夫さんの本で心を打たれるけど、それは星野さんの本の裏側に見える、アラスカに心を打たれている。

特別なのは、星野道夫さん自身ではなく、実はアラスカの自然の方なのかもしれないと思いました。

彼は、アラスカの自然がどんなに素晴らしいか、そこで暮らす人々がどんな思いで暮らしているか、まるで通訳者のように本に書く。

もちろんそこに、彼の人柄も、文体になって上乗せされるし、作品は、その人の人柄や生き方に左右されるものだけど

特別な人になんてならなくていいこと。
「何が素晴らしいか」を伝える人であること。

これが大切なことなんだと気付きました。

それから僕も、僕自身が、特別な人間を目指さなくても良いと、思うようになりました。

特別な人でなくてもいい、多くの人に影響を与えるような人でなくてもいい。

ただ、目の前の自然と人間が素晴らしいんだと、伝えられるようなそんな生き方と作品作りを、したいと思っています。

もちろん(結果的に)多くの人に届くなら、こんなに嬉しいことはないけど

僕はこういうことが、星野道夫さんが書きたかったことに近いんじゃないかなと思っています。