津波の跡にできるもの。陸前高田「奇跡の一本松」~仙台「千年希望の丘」

一本松遠景2

ココニクル号は、東北の三陸を旅しています。

ここを通る度にいつも見える、津波で流されてしまった一面の平野。

ここ数年はずっと、見渡す限りの平野で、たくさんの重機が工事をしています。

今回は「津波の跡にできるもの」をテーマに「陸前高田市の奇跡の一本松」「仙台市の千年希望の丘」、二つの地域の今をレポートしたいと思います。

この記事の目次(クリックで移動できます)

1.奇跡の一本松。
2.全国にある松原は、昔から津波を恐れて植えられていたもの。
3.一本松は生きている間にもう何度も津波に遭っている。
4.奇跡の一本松の延命プロジェクト~オブジェになるまでの概要。
5.津波の跡に、公園を作る。
6.千年希望の丘。
7.宮脇先生の言葉。

一本松遠景。

1.奇跡の一本松。

ココニクル号で何気なく通り過ぎる陸前高田市、いつもぽつりと立っている一本の木が気になってました。

東日本大震災の津波で倒れてしまった松原の中、一本だけ立っていたという「奇跡の一本松」です。

現在ではもう枯れてしまったのですが、一本松は実物大のオブジェとして残っています。
このオブジェの制作には、理念としても費用的な面でも賛否両論あったようですが、僕はこの一本松があるおかげで、車で通る度に

「ここに立ち寄りたいと強く思わせる」
「ここで津波のことを思い、手を合わせる場所になる」

と思っています。
これが石碑であったり、育成されている若い松だったら、同じように立ち寄ったか分からない。

一本だけ寂しそうにそびえるこの松の形が、なぜか心を引き寄せるんです。

だからオブジェであろうが、この場所に一本松の形を残してくれたことは(僕にとっては)良かったように思います。

そんな「奇跡の一本松」が、どんな風にしてこのオブジェになったのか、この地の津波の歴史も含めて少し調べてみましたよ。

2.全国にある松原は、昔から津波を恐れて植えられていたもの。

うねるクロマツ。
(画像は静岡県の三保の松原。参照:「今日の樹木。世界遺産、三保松原のクロマツ達。」)

現代に生きる僕たちにとっては、海岸に松が植えられているのは当たり前の光景。
そして古代から、白い砂浜と松の組み合わせは「聖性地形」とも呼ばれる、日本人の生活と文化に馴染んだ風景なのです。

だけど、そもそも海岸に松を植えるのは、この地に津波が何度も来ている証。
綺麗な景観を維持したい意味もあると思いますが、そもそもは防災の為なんですね。

高田松原には、350年の間に7万本もの松が植えられてきたそうです。
それこそ、この地の人たちが津波を警戒してきた歴史。

奇跡の一本松は、枯死した時点での樹齢は173年。アカマツとクロマツの交雑種(アイマツ)なのだそうです。
一本松と海との間にユースホステルが建っていたため、建物が防波堤となって津波の直撃を防いだ。

更に調べてみると、この木が生き残った理由の一つに…

過去の津波でもぎ取られていて波の高さに枝がなかったため、流されてきた瓦礫が引っかかることなくすり抜けていった(参照①)

という記載がありました。

3.一本松は生きている間にもう何度も津波に遭っている。

一本松。

この木が生まれた173年前から現在までに、この場所にどんな津波が来たのかを調べてみました。

1896年(明治29年)6月15日 明治三陸地震 – 岩手県綾里(現・大船渡市)で津波の遡上高38.2m、死者不明者22,000人。津波地震とされる。ハワイおよびアメリカ西海岸でも遠地津波が観測された。

1933年(昭和8年)3月3日 昭和三陸地震 – 死者・不明者3,000人。

2011年(平成23年)3月11日 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)- 岩手県大船渡市の綾里湾で遡上高40.1m[36]、観測できた津波の高さでも9.3m以上(福島県相馬港)と、津波において国内観測史上最大。死者15,894人、行方不明者 2,561人、負傷者 6,152人
(参照②)

上記の記録で見ると、奇跡の一本松は少なくとも3回の津波を経験してきたことになるのでしょうか。
(別の場所で苗木だった時代や、途中から移植された可能性もあると思いますが)

4.奇跡の一本松の延命プロジェクト~オブジェになるまでの概要。

一本松3

今回ほどの大津波の後でも、しばらくは生きていた一本松。
何とか延命させようと、日本造園建設業協会のプロジェクトチームがケアに当たったそうですが

震災直後は一本松付近の土壌の塩分濃度は松が生存できる基準の3倍だったそうです(参照①)。

一本松を助ける為に行った処置は主に二つ。

① 土壌の塩分濃度を下げる。
…周囲に鉄板を深さ5メートルまで打ち込む工事を行った。鉄板で根を囲って海水の流入を防いだうえで、真水を注入しつつポンプにより塩水を吸い上げて土壌の塩分濃度を下げる(参照①)

② 傷口に抗生物質を塗る。

こうした処置のおかげで、震災後しばらくは、新しい芽も形成され、生き延びるかと思われたのですが

やはり幾度もの津波を経験して年老いた一本松。
気候の厳しさや、食害などに耐えきれず、ついに枯れてしまったのだそうです。

この一本松が現在はオブジェとして残っているのですが、どんな風に作られたのか、簡単に記載しておきますね。

「乃村工藝社」が行ったオブジェ制作。

一本松のオブジェを制作したのは、造園屋さんとかじゃなかった!

数々の施設やイベントで展示制作を行う大手「乃村工藝社」!

あのお台場の実物大ガンダムを作ってる会社だ!

しかも2000年には、森のシンガーソングライターの故郷、福井県立恐竜博物館の展示まで作っている。

「乃村工藝社」が行ったオブジェ制作工程。

1.幹を5分割し、中心部をくり抜いた上で内側と外側から防腐処理し、金属製の心棒を通して元の場所に再設置する。
2.枝葉部分は現物を保存することが難しいため複製を作る。
3.根の部分は切除して別に保存することを計画する。
4.雷対策として避雷針を設置する。

プロジェクトの実施に当たっては、保存作業に1億5000万円、完成後の維持管理に年間20万円の費用がかかると試算された。多額の税金を投じることができないと判断した市は、募金によってこれを賄うことを決めた(参照①)

実際の一本松の樹皮を使って再現している。動物でいうとはく製のようなものなのかもしれないですね。
これを作るまでには、被災者の複雑な思いや、自然に対する向き合い方の様々な賛否があったようです。
本当に、作る側も作られる側も、大変なご苦労があったかと思います。

だけど、出来上がった後に訪れた僕としては、この記事の最初に書いたように「作ってくださって本当に良かった」と思っています。

「ここに立ち寄りたいと強く思わせる」
「ここで津波のことを思い、手を合わせる場所になる」

僕も心を正して、奇跡の一本松に、手を合わせて帰りました。
津波の被害で亡くなられた方々の、ご冥福をお祈り致します。

5.津波の跡に、公園を作る。

津波の跡。

見渡す限りの平野に、たくさんの重機が入って工事をしている陸前高田市。
現在行っているのが、公園を作る為の工事でしょうか。

↓調べてみると、このような公園を作る予定のようです。
「(PDF)高田松原津波復興祈念公園」

震災の苦い経験や、また津波がやってくるかもしれない恐怖。
土地自体の再生に大変な期間を要することから、元の街に戻すのではなく

「自然災害のことを後世まで長く伝える為の公園にする」

すごく良いことですよね。
現代の僕たちは、日本が自然災害の国であることを忘れて、自然から離れ過ぎてしまった。

災害がやってこないように、と祈りながら生きるよりも

「地震も津波も、またやってくるもの」

そう思って、ちゃんと準備しながら生きる方が、日本に生きる僕たちの本来の生き方だと思うからです。

高田松原津波復興祈念公園は、まだまだ工事中でしたが
実際に津波の跡に作られた防災公園があったので見学してきました!

6.千年希望の丘。

海沿いの堤防。

「千年希望の丘」は、東日本大震災の津波により人が住めなくなった土地を活用し、市の沿岸約10kmにわたって「相野釜公園」、「藤曽根公園」、「二野倉公園」、「長谷釜公園」、「蒲崎公園」、「新浜公園」の6つの公園と園路が整備されています。

千年先まで子どもたちが笑顔で幸せに暮らせるよう願いを込めて「千年希望の丘」と名づけられました。(参照③)

森のシンガーソングライターは、エフエム仙台さんでの番組収録の際に、植樹イベントを行っているという「千年希望の丘」をご紹介いただきました。
植樹イベントは終わっているのですが、どんな場所か見てみたくて収録後に足を伸ばしてみましたよ。

ビジターセンターの写真より。
写真1
津波が襲ってきた当時の写真がパネルになっていました。

そこが現在は、こんな公園になっています!
写真2

とにかく広い公園なのは、緩衝地帯だから。

津波に襲われた広範囲を公園にしたのだから、広いのは当たりまえだけど
そもそも昔から人の暮らしと自然との間には適切な緩衝地帯があった。

津波が来るかもしれない海と、人の暮らしの間にはこのくらい広いスペースが必要だったということですね。

この写真の奥に見えるのが、津波の際の避難場所となる人工の丘。
公園内。
10kmにも及ぶ「千年希望の丘」では、こういうがいくつも作ってあるのです。

津波が襲ってきた当時、築山に登って助かった人たちがいたそうです。
この丘は、震災ガレキを使って作られているそうですよ。

※震災ガレキとは
震災ガレキとは、東日本大震災の大津波により流された家屋の基礎などの震災廃棄物や津波堆積物です。
岩沼の震災ガレキのうち、約90%にあたる57万4000トンが再生利用され、千年希望の丘整備工事に活用されています。(参照③)

丘の上には、東屋があります。
東屋。
東屋には、テントが格納されていたり、ソーラー発電で充電ができるようになっていたり、いざと言う時の防災設備を備えているそうです。

この丘と向こうの丘を繋ぐ道が続いている。
道。
何kmも先にある丘まで、この道が続いています。
この道は地面より高く作られていて、いざ浸水した時も道が確保されるようにしているそうです。

この道の両側に、有志の皆さんによる植林が行われています。
植林。

写真4
(ビジターセンターのパネルより、植林イベントの様子)

この植林の方法は、かの宮脇昭先生の提唱するもので、本来その地に生えてくるであろう、落葉樹、常緑樹、低木などを一緒に植えるという珍しいもの。

これまでの植林と言えば、成長の早いサクラ、コナラなどの落葉樹を植えるのが当たり前でしたが、本来森というのは

まず早く成長する落葉樹が何十年もかけて成長した後に

その下でゆっくりと成長する常緑樹が何百年もかけて大きくなり

日陰でも成長できる低木も育ち

落葉樹、常緑樹、低木などが競うように成長する過程で、何百年もかけて、津波にも負けない強い基盤が出来上がっていくもの。

宮脇先生はこれらを一緒に植えることで、自然に起こる木々の競争を促し、本来の自然の強さに近い森を作り出そうとしています。

ここで植えられているのは

常緑樹:タブノキ・シラカシ・アカガシ・スダジイ・ウラジロガシ・アラカシ・ヤブツバキ・シロダモ・モチノキ・ネズミモチ・ヤブニッケイ

落葉樹:ヤマザクラ・エノキ・コナラ

低木:ヒカサキ・ヤツデ・マサキ・マルバシャリンバイ・アオキ・トベラ・アキグミ

これらが道の両側に育つとこんな風景になるそうです(ビジターセンターのパネルより)。
写真3

こんな風にしっかりと大地に根を張った森ができれば、いざ津波がやって来ても威力の相殺に役立つはず。

でもこんな風になる為にはやっぱり数百年はかかる。

本来そこにあった森を残しておいたなら、人は数百年も待たなくても良かったんですよね。
人は自然の長いスパンに、ちゃんと付き合えるのか。

でもこの公園の名前は「千年希望の丘」。

人が本当に1000年のスパンで、物事を考えて備えることができたら、ようやく自然災害との共生ができるのかもしれません。

公園の海側の、本来松原があった場所にも、歯抜けになった松の間に若い松がたくさん植樹されていました。
松原。

7.宮脇先生の言葉。

最後に、宮脇昭先生の記事で興味深いことがまとめてあったので、記載させていただきますね。

宮脇昭:国内外で土地本来の潜在自然植生の木群を中心に、その森を構成している多数の種類の樹種を混ぜて植樹する「混植・密植型植樹」を提唱し活動している。

「日本の常緑広葉樹を主とする照葉樹林帯では土地本来の森は0.06%しか残っていない。ほとんど人間が手を入れて二次林や人工的で単一樹種の画一樹林にしてしまった。これが台風や地震、洪水などの際の自然災害の揺り戻し(2次災害)が起こる諸悪の根源である。その土地本来の潜在植生は、「鎮守の森」を調べればわかる。大抵、シイ、タブノキ、カシ類の木々が茂っているはずだ。」と言う。
とくに、「スギやヒノキ、カラマツ、マツなどの針葉樹林は、人間が材木を生産するため人工的に造林したもので、人が手を入れ続けなければ維持できない。本来の植生は内陸部ではシラカシなどの常緑広葉樹、海岸部はタブノキ、シイ等のいずれも葉樹林が本来の姿である。現在の針葉樹では20年に一回の伐採と3年に一回の下草刈りが前提で、それをやらないと維持できない偽物の森である。マツにしても、元々条件の悪い山頂部などに限定して生えていただけのものを人間が広げてしまったのだからマツクイムシの大発生は自然の摂理である。その土地本来の森であれば、火事や地震などの自然災害にも耐えられる能力を持つが、人工的な森では耐えられない。手入れの行き届かない人工的な森は元に戻すのが一番であり、そのためには200年間は森に人間が変な手を加えないこと。200年で元に戻る」と主張している。(参照④)

(参照① https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%87%E8%B7%A1%E3%81%AE%E4%B8%80%E6%9C%AC%E6%9D%BE)
(参照② https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E7%9A%84%E3%81%AA%E6%B4%A5%E6%B3%A2%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7)
(参照③ https://sennen-kibouno-oka.com/about/)
(参照④ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E8%84%87%E6%98%AD)

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