なぜマツタケが採れなくなるのか?マツタケ狩りに行ったら分かった自然との暮らし方。

マツタケ。

マツタケが食べたいよう、とか言ってたら、なんとマツタケを採りに行くことに(°_°)!!

筆者は、日本全国の森でコンサートしながら、森の魅力を紹介するべくいろんな土地を巡るのですが
昨年、長野での旅路でマツタケ山の山主さんと出会い

「マツタケってどんな風に生えてるんですか?レポートさせてください!」

とお願いしてたら、なんと今年になって実現してしまいました!

どんなに貧乏で一歩間違えると浮浪者?と言われそうな旅をしている筆者でも
マツタケをたらふく食べることもある。

人生って面白いですね。

マツタケって、どんな生き物なんだろう?調べていったら、日本人の自然との暮らし方への様々なメッセージがありました。

マツタケの生態から、マツタケと共に生きてきた日本人の生き方まで。
実際にマツタケ狩りに行った時のレポートと合わせてお伝えしたいと思います!

★マツタケ基本情報。

キシメジ科キシメジ属キシメジ亜属マツタケ節

腐植質の少ない比較的乾燥した土壌を好む。
菌糸体の生育温度範囲は5-30℃、最適温度は22-25℃、最適pHは4.5-5.5

アカマツの樹齢が20年から30年になるとマツタケの発生が始まり30年から40年が最も活発で、70年から80年で衰退する
。マツ属(Pinus)などの樹木の根と、外生菌根または外菌根と呼ばれる相利共生体を形成して生活している(参照②)

この記事の目次(クリックすると移動できます)

1.マツタケ狩りに行ってみた!
2.マツタケってどうやって収穫するの?
3.マツタケを食べてみた!
4.なぜマツタケが採れなくなるのか?日本人の自然との暮らし方。

マツタケ狩りスタイル。

1.マツタケ狩りに行ってみた!

マツタケ狩りのスタイルはこれ。

腰に付けた籠は「魚籠(ビク)」というそうです。本来は魚を入れておく籠の用語ですが、松茸を入れる籠も「ビク」と呼ぶんですね。

今回訪れたのは、長野県にあるマツタケ山。
特別にマツタケを採らせてもらいますが、もちろん一般の人は入ってはいけません。

山主さんによると、毎年マツタケ山の入札?のようなものがあり、そこでマツタケを採る権利を数十万円で買うんだそうです。
マツタケの豊作年であれば、かなりの上りがあると思いますが、不作であれば損をしてしまう。

その年の気候条件によって出来不出来があるので、権利を購入する側もヒヤヒヤですよね。
なので、一般の人が勝手に入ってマツタケを収穫してしまうことはできません。

(というか、日本の山地は必ず誰かの持ち物なので、どんな林産物も勝手に持ち帰ったら泥棒になってしまいます)

※ 「山主」という書き方をしていますが、その山の所有者なのかは確認していないので、この記事ではその山の収穫権利を買った人を便宜的に「山主」と記載しています。正しい呼び方があれば教えてくださいね。

今回も、他県ナンバーの僕らの車は、地元の人から見れば泥棒と勘違いされてしまうので、その山主さんの「屋号の入った札」をダッシュボードなどに置いておきます。
札があることで、車が停まっていても関係者だと分かるんですね。

マツタケ収穫の時期に、知らずに山中に車が停まっている場合も、そのように疑われてしまうので、旅をする皆さんもお気を付けて。

マツタケはどんなところに生えるの?
アカマツ林。
マツタケのある場所は、こんな感じのアカマツ林

マツタケは、栄養満点の腐葉土がある森よりも、尾根沿いなどの栄養が少なく乾燥した場所に生えます。
これは、アカマツが生えてくる場所と一致しています。

アカマツは今でこそ、人が植えることによって、庭先から山の中腹まであらゆる場所で観られますが、本来は尾根沿いの標高の高い痩せた土地に好んで生えてきます。

山と言うのは標高が高くなればなるほど、痩せた土地になって行きます。
通常、土や栄養は雨によって山裾に流れていくからです。
アカマツ林。

「痩せた土地だけど、ほんの少し栄養のある土があるよ、太陽の光もさんさんと当たるよ」という絶妙な場所にアカマツは生えています。

これはアカマツの生存戦略で、栄養豊富な山裾や中腹だと、他の種類の樹木との生存競争に耐えなければならないのに比べて
尾根沿いは栄養が少なくても、他の生き物と競争が少なくて済むからです。

そんなアカマツと共生しているのが、マツタケなのです。

マツタケ菌の生育に適している地質基岩が花崗岩、花崗斑岩、石英斑岩などの酸性岩質の風化したところ。
反面、アルカリ性から中性に近い石灰岩地帯や、火山灰土地帯、蛇紋岩、玄武岩地帯は良くない。

一般的には(中略)山頂付近や尾根筋とその周辺、凸形斜面の山腹などは残積土で形成され、
その性質上有機物の混入もなく土層も比較的浅いやせたマツタケ菌の生育に適した地形と考えられる(参考①)

マツタケは貧栄養な比較的乾燥した鉱質土層にクサレケカビ属真菌などと共に生息し、そこに分布する宿主の吸収根と共生する。

地表に落枝・落葉などが蓄積して富栄養化が進み、分厚い腐葉土のようになると、マツタケの生息環境としては不適である(参照②)。

2.マツタケってどうやって収穫するの?

山主さんに付いて。
山主さんについて、山に入っていきます。

マツタケは、アカマツの周りに菌達の住む家「シロ」を作る。
シロ。
アカマツの周りのいろんな場所が、こんもりと盛り上がっています。

ここを掘ると、白い菌糸のようなものが発達しています。
アカマツの周りには、マツタケが住む「シロ」と呼ばれる菌糸体と菌根の直径数メートルの環状のコロニーができるのです。

★シロについて、わかりやすく説明しているサイトがありました。
「マツタケの「シロ」って何?」

針のような落ち葉が盛り上がっているところを目を皿のようにして観ていくと…

ありました!これがマツタケです。
マツタケ見つけた!

実際に掘ってみると分かるのだけど、簡単には取れない。
びっくりするくらい力強く生えています。
この感触は、他のキノコとは全然違う。

大きくて丈夫な柄の大部分は土の中に隠れています。

根元まで土を掘ると、こんなに大きかった!
マツタケ見つけた2
採る時に、メキメキと音が聞こえてきそうなほど、力強く生えています。

この場所は菌糸ができているので、採った後もまた生えてくるように松葉をかけておきます。
松葉をかける。

★せっかくなので、実際にマツタケを掘ってみたところを動画にしてみました!

他にもこんなに大きなマツタケも!
でっかいマツタケ。

傘の閉じているものは、出荷できる可能性があるのですが、傘の開いてしまったものも
このまま朽ちていくのはもったいないので、その場で食べるつもりで収穫してきました。
傘の開いたマツタケ。

こんな風に虫喰いのものも、出荷はできないですが、その場で食べるつもりで収穫します。
虫食い。

気が付いたら、魚籠はいっぱいに!!
籠がいっぱい。

台風の雨の後だったので、山主さんもびっくりするくらいの大量収穫+゚。*(*´∀`*)*。゚+
マツタケ。

3.マツタケを食べてみた!

マツタケを食べる。
今回は大量に採れたこともあって、なんと贅沢にすき焼きマツタケご飯にしてもらいました!!

でも本当に美味しい食べ方は、もっとちゃんと香りを楽しめるように、網焼きホイル焼きにするのが良いようです。

というか、すき焼きにしたとしても、香りが飛ぶどころか、めっちゃ香っています!
香しいマツタケに僕の舌はノックアウトです。

マツタケマツタケって、いろんな人が騒ぐけど、食べたことのない僕は「そんなにすごいものかなー」と思ってましたが

はっきり言ってマツタケはすごいわー!みんなが騒ぐの、分かる。

確かに他のキノコとは比べ物にならない…めっちゃ美味しいです。

今回はマツタケを思い切り食べられて、幸せな筆者です+゚。*(*´∀`*)*。゚+

収穫したものは、ほとんど山主さんにお渡ししたので、皆さんへのお土産がありませんが、ごめんなさい。
箱詰め。

4.なぜマツタケが採れなくなるのか?日本人の自然との暮らし方。

マツタケ探し。

現代でこそ、秋の高価な食材の代表格ですが、調べてみるとびっくり。
マツタケは、昔は「庶民の味」として親しまれてきたんです。

なんと、古代の人たちもマツタケが好きだった!

岡山市の弥生時代の百間川・兼基遺跡からは、マツタケを模した「土人形」が出土している。
、平安時代になると当時の貴族がマツタケ狩りを季節の行事として楽しむようになり、『古今和歌集』、『拾遺和歌集』にもしばしばマツタケの歌が詠まれている(参考②)

そんなマツタケは、なぜ現代では貴重なものになってしまったのでしょうか。

マツタケは、秋の味覚を代表する特用林産物であり、香り、味の点でまさに日本のキノコの王者として、古くから親しまれている。
しかし、全国のマツタケの生産量は、昭和16年に12,222t のピークを迎えた後、
昭和30年代3,500t、昭和40年代1,000t、昭和50~60年代500tと急激に減少、平成3年には267tと
昭和16年の45分の1になっている。

戦時中の強制伐採に始まって、戦後の山村復興のため、さらに昭和30年代に入ると
パルプ用材としてマツタケ山も含めてアカマツ林は伐採され続けた。その後もアカマツ受難の時代は続き、
昭和40年代に入ると宅地やゴルフ場造成のため失われた近郊のアカマツ林も多く、
さらに松くい虫被害の大発生は残された山に決定的な打撃を与えた(参考①)

実はマツタケは、日本人が古来から自然と共存するために作ってきた「里山」に生える秋の味覚だったのです。
マツタケ2

「里山」とは、人の生活の近くにある山を切り開き「林床に太陽の光が当たるような落葉樹が育つ森」の状態に管理して利用している山のことです。

林床に光が当たることで、山菜などの有用植物も豊かになり

落葉樹であるコナラは人の生活に欠かせない薪として利用できるばかりでなく、ホダ木としてキノコの栽培ができたりします。
クヌギ、コナラ、ヤマグリなどは、ドングリのなる木であることから、里山はたくさんの野生動物も養ってきました。

その中で、アカマツもまた人里に近い里山の中で、人が適度に落ち葉をかいて(まるで尾根のように)、アカマツが育つのに適した環境を作ってやることで育ち、秋にはマツタケの恵みを人にもたらしてくれたのです。

マツタケ3

現代では、化石燃料の普及により、人は薪や炭を使うことがほとんどなく
利用しなくなった里山は、建材などを大量に生産する為の、スギやヒノキばかりが植えられた森に変わって行きました。

その中で残されたアカマツは、人に手入れされることなく(本来生える場所ではない)中腹や山裾で育ってしまったことで、他の樹木に侵食されどんどん弱って行きます。

当然、それまで採れていたマツタケも採れなくなり、人がマツタケを採るにはきちんと管理された数少ないアカマツ林か、本来アカマツの生えていた尾根まで登って探さなくてはならなくなりました。

マツタケが庶民の味だったのは、森と人が共生できたいた時代の証であり
共生できていたからこその森からの恩恵だったと言えます。

筆者は初めてマツタケを食べて、現代の僕たちがどれだけの恵みを失ってしまったのかを実感しました…。

もしこれから僕たちが

また里山に寄り添って生きていける日が来たら
毎年たくさんのマツタケを楽しみながら暮らせるのかもしれない。

そんな時代が来ることを願って止みません。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

マツタケ4

(参照① https://www.pref.ehime.jp/h35700/1461/5_guide/documents/matsutake1.pdf
(参照② https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%84%E3%82%BF%E3%82%B1

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